ハラスメントの法的問題

アカデミックハラスメントの意義

アカデミックハラスメントについて、どのような意味であるかが問題ですが、アカデミックハラスメントについては、法律で定義がありません。

広い意味でのアカデミックハラスメントは、キャンパスハラスメントと同義とされることもあり、また、アカデミックハラスメントは、キャンパスハラスメントの一部であるとされることもあります。そこで、アカデミックハラスメントの意味を検討してみます。

まず、アカデミックハラスメントについて、いくつかの定義が示されていますので、それらを紹介します。そのあとに、アカデミックハラスメントの定義として適切と考えらえるものを試案として提示したいと思います。

まず、「研究教育に関わる優位な力関係のもとで行われる理不尽な行為」との定義があります(特定非営利法人アカデミックハラスメントをなくすネットワーク[以下「NAAH」といいます])。

また、「大学などの高等教育や研究を行っている組織に特有のハラスメント」、「大学や教育の場でのセクシュアルハラスメント(セクハラ)以外の嫌がらせ」、そして「研究・教育機関における権力を利用したいじめ・いやがらせ」(北仲千里=横山美栄子『アカデミックハラスメントの解決』[寿郎社 2017]3頁)との説明があります。

そして、法律的な視点を踏まえた定義として、「大学等において、教育研究上の優越的地位を利用して、相手方の意思に反して、不適切な言動をすることにより、相手の研究あるいは学問等を行う権利や利益を不当(教育指導上必要な範囲を超えて・職務上必要な範囲を超えて)に侵害する人権侵害の言動」との定義が示されています(飛翔法律事務所編著『改訂2版 キャンパスハラスメント対策ハンドブック』[経済産業調査会 2018]65頁)。

次に、具体的に大学組織内の規程として、どのように定義がされているかについて、いくつかの有名大学の組織内の規程における定義を見てみることにします。

まず、東京大学アカデミック・ハラスメント防止委員会の「全学アカデミックハラスメント防止体制指針」では、「大学の構成員が、教育・研究上の権力を濫用し、他の構成員に対して不適切で不当な言動を行うことにより、その者に、修学・教育・研究ないし職務遂行上の不利益を与え、あるいはその修学・教育・研究ないし職務遂行に差し支えるような精神的・身体的損害を与えることを内容とする人格権侵害」と定義されています。ここでは「大学の構成員」が行なう人権侵害とされていて、行為主体を広いものとして、また、行為の範囲についても、修学・教育・研究ないし職務とされて、広い定義がなされています。ここでは、アカデミックハラスメントをキャンパスハラスメントと同様の意味に捉えているものと考えられます。

 つぎに、大阪大学の「大阪大学におけるハラスメントの防止等に関する規程」では、「教職員又は学生が、職務上の地位若しくは権限又は事実上の上下関係を不当に利用して他の教職員若しくは学生又は関係者に対して行う研究上、教育上又は修学上の不適切で不当な言動をいう。」とされています。この定義においても、主体が「教職員又は学生」とされて、教員だけでなく、職員も学生も主体とされていることから、主体を広く捉えることで、相当程度広い定義がなされています。ただ、行為の範囲は、「研究上、教育上又は修学上」とされて、東京大学での定義よりも狭くされています。

これらに対して、京都大学の「京都大学におけるハラスメントの防止等に関する規程」では、アカデミックハラスメントにつき、「教員がその職務上の地位又は権限その他人間関係等の優位性を不当に利用して他の教員又は学生等に対して行う業務の適正な範囲を超えた研究若しくは教育上又は修学上の不適切な言動」と定義がなされています。

ここでは、「教員」を主体として定義がなされており、教員間、そして、教員と学生等の間の言動が問題とされています。東京大学や大阪大学による定義とは異なり、行為主体が限定されています。また、行為の範囲も、「研究若しくは教育上又は修学上」とされて狭くされています。そこで、京都大学による定義では、狭い意味で、定義がなされていると考えられます。

また、早稲田大学ハラスメント防止委員会の「ガイドライン」では、「教員等の権威的または優越的地位にある者が、意識的であるか無意識的であるかを問わず、その優位な立場や権限を利用し、または逸脱して、その指導等を受ける者の研究意欲および研究環境を著しく阻害する結果となる、教育上不適切な言動、指導または待遇を指します。」と定義されており、また、このガイドラインでは「教員間」と「教員と大学院生および学生の間」が例示されていることからすれば、教員等が行為主体となることが想定されて、狭い意味での定義がなされていると考えられます(「教員等」で「等」という用語が使用されていますが、法律学的には、「等」はその前に記載されている「教員」と同等に評価される者を意味するものですから、「等」に職員は含まれないと考えられます)。そして、行為の範囲については、「教育上」とされており、範囲が狭められています。

大学の規程におけるアカデミックハラスメントの意味を整理してみると、まず、行為主体の範囲について、①教職員と学生、②教職員、および③教員、という3つの場合に分けることができると思います。そして、それらの者の行為についてどの範囲の行為をアカデミックハラスメントの中に含めるかという点では、①研究、②教育(学生等の立場からみると修学)および③研究・教育以外の職務があることを前提に、①研究、②教育、および③研究・教育以外の職務と範囲を広くとらえるか、また、①研究と②教育の範囲とするか、他に、②教育の範囲に限定するか、という関係で整理することができると思われます。

東京大学の定義=①ないし⑨のすべて
大阪大学の定義=①+②+④+⑤+⑦+⑧
京都大学の定義=①+②
早稲田大学の定義=②

以上を踏まえ、まず、NAAHが提示しているように、大学等に特有なハラスメントを意味するべきとすれば、アカデミックハラスメントの主体を「教員」に限定することがよいと考えられます。そして、大学等の教員の職務・仕事については、①研究、②教育(学生等の立場からみると修学)および③管理・運営(学務、教務または行政)に大きく分けられます。大学等の組織における大学等の管理・運営に関する職務上の問題は、大学等以外の組織においても生じる問題であることから、この職務上の問題は、アカデミックハラスメントの課題から除外して、研究上および教育(修学)の問題に限定しておくことがよいと考えられます。そして、これらに関して、教員間、そして、教員・学生等間の二つの類型があることになります。

以上をまとめると、京都大学による定義を基礎として、アカデミックハラスメントとは、「大学等において、教員等が、その職務(研究・教育の職務)上の地位・権限その他人間関係等の優位性を不当に利用して、他の教員等又は学生等に対して行う職務(研究・教育の職務)の適正な範囲を超えた研究又は教育上の不適切な言動」と定義しておくことがよいと考えられます。

参考資料URL

特定非営利法人アカデミックハラスメントをなくすネットワーク(「NAAH」)「アカデミック・ハラスメントとは」(http://www.naah.jp/harassment.html)

東京大学アカデミック・ハラスメント防止委員会「全学アカデミックハラスメント防止体制指針」(http://har.u-tokyo.ac.jp/files/user/img/AH_boushi_sisin.pdf

大阪大学「大阪大学におけるハラスメントの防止等に関する規程」

https://www.osaka-u.ac.jp/jp/about/kitei/reiki_honbun/u035RG00000092.html

京都大学「京都大学におけるハラスメントの防止等に関する規程」

https://www.kyoto-u.ac.jp/uni_int/kitei/reiki_honbun/w002RG00000993.html

早稲田大学ハラスメント防止委員会「ガイドライン」

https://www.waseda.jp/inst/harassment/about/guideline

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